読書祭り
こんにちは、サチヲです。
今、新約聖書を生まれて初めて読んでいます。
何故か、旧約ではなくね。
歴史の勉強をしていると、どーしても宗教の道は通らなくてはならないんですよね。
私の父方のご先祖様に宣教師がいたことを思い出し、父にキリスト関係の本ある?と聞いたところコレから読んだ方が良いと渡されました。
私も父も無宗教で通しているので、特に強めのアタックと言いますか…例えばドモホ◯ンリンクルのお試しセットをもらったら、営業の電話がひっきりなしにかかってくるようなアタックは無く安心して読んでいます。
ちなみに、私はおすすめされたら壺でもなんでも直ぐに買ってしまうほどなんで、保険の勧誘などは特に気をつけています。
あの、昔ながらのGNP(義理、人情、プレゼント)商法には、本当に弱いんですよね。
そんな話はさておき。
しかしですね。
しかし、読むのが大変でごわす。
キリスト教の方には申し訳ないですが…どうも『救いのある宗教』というのはクセが強いのかなぁと。
よく、宗教が広まるきっかけは、社会に不満が高まってる時が多い。それが世界史のセオリーと言われています。
古代ローマ時代、特に物質的に恵まれてない奴隷層や貧民層が救いを求めるのはなんでしょうか。それは精神的な救済、つまり宗教ですよね。
「全ては救われる」「死後は救済される」は現世で悲惨な目にあっている者たちには殺し文句だったんですよね。
ただ、ユダヤ教から派生しキリスト教が成立した当初、キリスト教を迫害し、禁止していたローマ帝政時代もありました。
やがてローマ帝政は「ミラノ勅令」を出し公認します。更に4世紀末にはローマの国教にして、むしろ他の宗教を禁ずるまでに及びます。
今でこそ、政教分離といわれてますが、昔は政治に宗教を持ち込むのは当たり前だったんですね。
しかも、民をまとめるのに一神教は使い勝手良かったようですね。
そんな話をしていますが、実はまだ4分の1も読んでいません。
とはいえ、その中で良く聞く自己啓発的な言葉を発見しました。
『木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木のよしあしはその実によって知られるからです』
新約聖書 matthew (マタイ) 12-33抜粋
おー!これは聖書からの言葉だったんですね。
素晴らしい!
勉強になります。
それこそ、曇りなき眼で読み進めたいと思います。
それでは、良い週末を。
ではまた。